モラハラの判断基準とは?我が家の実例からの考察

モラハラ

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みなさんは、恋人や夫、妻と喧嘩をする際、こんなひどい怒り方をしなくてもいいのに、と思ったことはありませんか?

その後も連日無視をされるなど、明らかに相手に対する嫌がらせ行為ですね。

これは、本人は単に不機嫌だからそういった行動をとっているにすぎないかもしれませんが、されているこちらはたまったものではありません。

喧嘩していても、とりあえず夕飯は作らなきゃ‥と用意するも、食べてくれない、など。

どんな行為がモラハラなのか、基準はあるのか等、我が家の実例も参考にしながら考えていきたいと思います。

一般的なモラハラの行動とは?

調べると座さまざまなモラハラの特徴が出てくると思いますが、一般的には下記のように書かれています。

失敗や不都合を他人のせいにする 

謝らない

感謝しない

都合が悪くなると怒鳴る、無視する

人前でバカにしたり、人格否定する

共感できない(他人の気持ちを考えられない)

恋人や妻(夫)が他の理由で外出するのを嫌がる(行動の制限)

束縛、依存心が強い

他人に対してよくクレーマーになる

頻繁にため息や舌打ちをする

生活費は決まった額以上渡さない

モラハラの特徴には、こういった内容が書かれているのをよく見かけます。

これが、そっくり自分の恋人や配偶者と同じなのか、違うところがあるとそれはもうモラハラではないのか?!といった観点もお話していきたいと思います。

結論で言うと、我が家はほぼ上記にあてはるが、当てはまらないところもあります。

しかし、私の夫は自分がモラハラだったことを認めました。

私がメールで送った記事により、自己愛性パーソナリティー障害であることを認めました。

ここでは割愛しますが、自己愛性パーソナリティー障害の方はそれに自覚せず、自然な形でモラハラができてしまうタイプだと思います。

もともとの素質としてもっているということですね。

もし、お付き合いの段階で、これにお気づきでしたら、結婚は慎重に考えた方がよさそうです(^^;

我が家のモラハラ事例

一般的なモラハラに当てはまるところ、当てはまらないところがありますが、だいたい以下のような事例が我が家のモラハラ夫の態度です。

面倒くさがり(家では基本24時間ゆーっくりする)

他人の気持ちがわからない

人のせいにする

体調管理ができない(体を大事にしない、欲のままに暴飲暴食、全く運動しない)

語気が荒い(言葉遣いが乱暴)

病人の世話(妻)は気が向いたらする

子供の世話は妻(夫が暇で、家事で忙しくても基本妻が送り迎えする)

どんなに暇でも掃除は多忙な妻

友人がいない

食べ物などこだわりが強い(好き嫌いがハッキリ)

家族と一緒にいることに執着する

モラハラ自覚前は、妻が外出するのを嫌がる(特に実家)

家事などミスがあるととことん責める

気分を害すると数日無視

作った食事を食べない

心理的に追い詰めるメールを送ってくる

衣服の整理は絶対妻

紛失物は妻のせい

感謝する心がない(言葉は言わない?)

他人への敵対心が強い(駐車場の停め方が下手、前の車が遅い!対向車が寄らないなど)

他人への文句や愚痴が多く、聞こえるように言う

どう考えても、自分のことしか考えていないような気がしてなりません‥

たまにはとても頼りになるところもあるのですが、行きすぎた行動などが多く感じます。

昔は今よりかなりひどかったので、数回家にいられず、実家などに別居状態でした。

さて、ではどこからがモラハラなのでしょうか??

行動によってそのモラハラか否か決まるのでしょうか。

その点、考えていきたいと思います。

モラハラかどうかの見極め

相手がモラハラなのかどうか、どこで見極めるのでしょうか。

行動の細部は、それぞれのモラハラにより違いがあるのが分かったかと思います。

では、行動だけでは決められないのでしょうか。

私の経験で言うと、答えは、

モラハラの見極めは行動だけでなく、どれだけ被害者が心理的に追い詰められたか

だと思います。

いじめ問題もそうだと思いますが、加害者の気持ちは問題ではなく、被害者の気持ち、意識が問題となると思います。

モラハラでは、加害者が自分の思いだけを相手にぶつけて、被害者の気持ちを顧みない行動が顕著です。

それにより、被害者はどんどん精神的に追い込まれていきます。

私の場合、夕方に主人が帰宅するのが怖くなり、動悸が早くなったりしました。

そして、今日も怒られるのだろうか、失敗はないだろうか、いつもそんな不安に苛まれました。

そんなことに耐え続けたある日、暴力は振るわない主人でしたが、ぬいぐるみを投げつけたことがありました。

もともと運動も得意で野球も経験していた主人なので、ものすごい速さでぬいぐるみが私の頬をかすめました。

その恐怖は、他のものを投げるようになったら終わりだ‥という絶望感へ変わり、子供もそばにいたので、子供を守るためにも私が立ちあがろう!と、家を出る決意をしました。

思うように事が運ばないと怒りだす夫をコントロールすることができず、ビクビクする生活に疲れ、心が疲弊していたのが明らかでした。

こういった心理状態になると、もう相手はモラハラだと思います。

心理的虐待ですから。

力で思うようにさせるのが暴力の伴う虐待なら、言葉や態度で思うようにさせるのは心理的虐待です。

実は、このあと主人は謝罪してすんなり家に戻ったのですが、一年後くらいにまた同じような状態で、そのときにはもう、私は言葉を発する事ができないくらい疲弊してからの別居となりました。

モラハラはかなり手強いです。

しかし、私は子供が大好きで、子供のためには我慢しようと思いました‥

実家の父に間に入ってもらい、何度か父を通して話し合いしてもらい数ヶ月後に戻りました。

子供が不登校になったからです。

では、主人はどのように改心(少しは)したのでしょうか。

私の経験からお話したいと思います。

モラハラ夫を変えた方法

さきほども書きましたが、私は2回家を出ています。

1度目は失敗でしたね。

これはおそらく、私だけがこっそり別居したため、あまり外部に別居がばれていなかったために、主人にもダメージが少なかったからです。

いくら、私がメールや会話で、主人のダメなところ、我慢できないところを伝えて、しばらく別居したところで、すぐ謝罪をしてきたために戻ったことにより、主人には大した損失はなかったのです。

そんなことにより、性格はなかなか変わりませんから、また元の木阿弥、だんだんと乱暴な態度に戻っていきました。

2回目に家を出たのは、ちょっとした意見の相違により、無視が3日か4日続いたころでした。

作った食事は食べませんから、私が仕事から帰宅して疲れて夕飯を作っても見向きしません。

これがどれだけ辛いことか、家事をされる方はわかると思いますが、疲れていても、作ってくれる人がいる、その状況、どんなにありがたいでしょうか?

私ではなく、夫、または妹など、夕食を作ってくれていたら、疲れて帰宅した直後に食べられるのです!

台所で小一時間も立っている必要はないのです。

そんなことが、ありがたいなんて、思わない‥価値観が違う‥

頑張っても我慢しても報われない‥

そんな想いが募って、悲しさが溢れて、何時間も泣き続け、ついに、涙が枯れることもなくなってしまいました。

数日、話せなくなりました。

泣いていない時に、必要な会話さえ、しようとすると涙が出ます。

筆談しかできませんでした。

嗚咽と涙、そんな毎日で、1人になると泣いていました。

運転しながらも泣いていました。

買い物のため、スーパーで降りるときは、まぶたが腫れているのをなんとか手を押さえながら、マスクでごまかしながら、降りました。

買い物が終わって車に戻ると、自然に涙が出てきました。

頭が空っぽでも、涙が出続けました。

精神科に連絡しましたが、予約がかなり先であったり、近場でも、私の状態を話すと断られました。

そして、言葉の如く、泣く泣く家を出て、離婚届を置いて、今度は実家の親にも報告するために戻りました。

もともと反対されながらの結婚だったので、私が離婚するのは、本当の意味での覚悟を示していました。

そして、そのあとは、もうこの家の前の道すら通りたくないくらいのトラウマとなり、実家でしばらく過ごしました。

その間に椎間板ヘルニア、手術なども経験し、心身ともに苦しい時期でした。

その間、主人は明らかに食欲がなくなり、大人しくなり、人ともまともに話さなくなった、と義親から聞きました。

それでも、私の中では、そんなもんか、くらいの思いでした。

ふざけるな、私はとにかく壊れたんだ、お前のせいで‥

そして数ヶ月するころ、子供が不登校となり、心配のあまり、私は帰宅せざるをえませんでした。

子供も実家で過ごせればよかったのですが、実家は家族も多く、狭かったので部屋がありませんでした‥

子供は主人の親の家を選んでいたので、そちらのお世話になっていました。

私が帰宅した時、主人は確かにおとなしく、言葉少なな感じでした。

が、また調子に乗ってくると乱暴な言葉遣いになるに違いない、と、私も距離を置いて接していました。

離婚届は保留になっていて、子供のためにどうするのか、私も今一度、主人の態度、子供の状況などと総合的に判断しなければならないと思っていました。

そして、今に至ります。

なので、私のモラハラ夫を変えた方法とは、

離婚届により本気を見せる

実親にも状況を知らせる

徹底的に家によらず、嫌悪感を知らせる

義親にも経緯を話す

でした。

最後の、

義親にも経緯を話す点については、

そのとき、怖くて電話に出たかなかったため電話に出なかった私に、主人からメールで、電話に出ろ、出ろ出ろ出ろ出ろ‥

と悪魔のように羅列した文字が送られてきたものを見せて、恐怖でしかなかったので、そんなメールを見せて、もう我慢できません、と家を出る理由を話した次第です。

まとめ

ここまで読んでいただき、私ごとですが、経験談としてご参考にしていただけたらと思います。

また、いま苦しい方も、ここまで苦しい人がいたんだと、それでも今それを乗り越えて、穏やかな生活をしているんだ、ということを知っていただきたいという想いです。

実は、今も、少しのモラハラや、鬱、体調不良など、悩みはいくらでも尽きないのですが、それでも生きていかなければならないので‥(笑)

このブログが少しでも今大変な思いをしている方に寄り添えたら、と思います。

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